応援する立場のお互いはどうであろう。喜んで日々を過ごしているだろうか。感謝を忘れず、慎みをもって、少しでも人のたすかるように心を働かせているだろうか。強い日差しを浴びながら、形ばかりに慣れて心の成人への鈍さに申し訳ない気がする。
100日という日の中で、毎日が必ずしも勇んでいたわけではなかった。時には仕方なく、時には惰性で行ってきた日もなかったわけではない。100%やりきった感はない。むしろ心残りの部分もある。
今日でこの活動を終えてしまっていいのか?このまま続けた方がいいのではないのか?お願いづとめが何故3日間と仕切ってつとめられたのか。
人は慣れから形ばかりに陥りやすい。このまま続けても形ばかりになりそうで、それがあたかも気持ちもあると錯覚するのだろう。いったん、仕切ってまた己の心にわき上がる真実があったなればさせて頂こうと自分なりの答えを出して12下り目を終えた。
被災された方はまだ非常事態、避難生活をしている。今後の人生設計もままならない。目立つ復興支援活動は日に日に薄れて行くが、変わらず続けられてゆく。たすけあい。親神様がいつまでも待ち望んでおられる陽気ぐらしである。 我々お道の者は、身近なたすけあいを決して怠ってはならない。
本サイトをご覧頂いた方々へ感謝します。そしてたすけ合いの輪を広げてくださいますようお願い申し上げます。100日間ありがとうございました。
本活動により集まった義援金(3月15日から7月12日)は金10,603円でした。
天理教北海道教区青年会 委員長 藤野充普
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