本日(31日)、白石区平和通、JR白石駅前にて神名流し(よろづよ八首から12下り目)を60分させて頂いた。
道中、小学生高学年の子が小銭を出して声をかけてくれた。反射的に目の前のコンビニを指さして「あそこの店の義援金箱に入れてね」と返事したが、後から考えるとその子の真実を受け取るべきだったと反省している。どこかで支援活動と称して自分のしていることを美化しようとしているからだと反省した。
僕はいつも人の目が気になる。すれ違う人、遠くからこちらを見ている人。嘲笑され、鼻で笑われ、後ろ指をさされ、批難されるのがつらい。義援金をお願いしますと文字で人々に伝えることで善行をしているのだ。この俺を批判することは被災者を批難するに等しいと云わんばかりに。その証拠にお金は受け取らないのだ!俺をバカにするな。と。どこかにそんな心があったからだろう。
俺は何をやっているんだ…。人に笑われて結構。支援活動といって金欲しさにやっているんだろうと思われて結構。もっともっと高慢な自分を捨て、己を磨かなくては。これからはお金を受け取ろう。そして人にお礼をし、もっと頭を下げよう。これが僕が親神様に受け取ってもらう真実になるのだと。そしてこのお金が被災者の人の支援になるのだ。もっと自分を捨てる勉強をしなければ。
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